【17オピニオン面】
唄いつぐ−親から子へ
風の音聞き孵化待つ モリアオガエルの卵
映画監督 諏訪淳(4)
浄瑠璃人形を操っていた手を休めると、大きく息をつき、ゆっくりと話し始めた。
「どうもあそこには何かおるぞ・・・その当時、山へ行った衆が見てきた話であります。それは、えーと明治の時代じゃありませんかな。木の枝に提灯みたいなものがくくってある。あれが『天狗の提灯』て言うのか、それにしては火の付くようなものではないし・・・わしらも行ってみたが確かにありました」
長野県天竜川ぞいの集落に、古くから伝わる人形浄瑠璃、その師匠である古老が話してくれた。そもそも天狗の提灯があったのは、集落から10キロほど離れた標高600メートルの山中。杉、?(ぶな)、から松などの林に囲まれた小さな池、通称「天狗池」であった。毎年、梅雨時には必ずあの提灯が見られた。だから昭和初期までは、誰もこの時期に山へ行く者はいなかったという。
その提灯の正体がモリアオガエルの生みつけた「卵の塊」であることを、この集落に住み、大学で生物学を教えていた今は亡き宮下忠義教授が突き止めた。
宮下教授の自宅に伺うと、居間には体長5センチほどの『太郎』と『花子』と呼んでいる2匹のモリアオガエルが放し飼いになっていた。近づいてきたカエルは、私の足から登り始めて肩の処(ところ)まで登りつめた。森で生息しているので、その習性が出ただけで驚くことはないと教授は笑っていた。
生涯を森の中で暮らす風変わりなモリアオガエルと、人間との物語を映画で描きたいと考え続けていた。それには、宮下教授と付き合うカエルの動物的な生態、古老が語る想像の世界との両視点で映像化してゆけばカエルと人間との心情関係が現れてくるのではないか。
私はまず天狗池のカエルと対面することにした。
宮下教授に案内されて、5月の天狗池に向かった。雪解けの後の道は、崖が崩れた土や石ころが妨害し、歩きを鈍らせたが、2時間近く歩き続けたその時・・・。
「カラカラーカラカラカラ・・・」「カラカラカラーグーグーグー・・・」
甲高い調子の声が聞こえてきた。昼はその姿を見せない蛙であるから、当時は集落の人々も蛙の鳴き声だとは想わなかったであろう。
「あったぞ、あったぞ」。思わず口をついて出てしまった。
初めて見る天狗の提灯だ。池の上に突き出た木の枝に20センチほどの球形をした白い泡の塊が十数個造られていた。子供の揺り籠のようであった。この泡の塊の中には400個ばかりの、けし粒状の卵が包み込まれて静かに揺れている、
ヒューヒュー
ヒューヒュー
と吹く風の音色、池の岸辺を打つやさしい水の音が、子守唄となって白い泡の揺り籠の中で、おたまじゃくしへと育つのだ。
数日後、白い泡から抜け出しておたまじゃくしが池の中へ散ってゆく。そして幼いカエルとなり、森の中での生活が始まる。再び池に出てきて産卵するのは3年後だといわれる。