【11オピニオン面】
唄いつぐ−親から子へ
ホーム入所者が「赤とんぼ」に涙
作家 志茂田景樹(5)
夜ひとりぼっちで事務所にいるとき、知らず自分のために読み聞かせをしていることがある。じつは語りで、身ぶり手ぶりも入れて、ひとり芝居のようにやっている。
二話もやると、あすに持ち越したくないストレスは、きれいに洗い流されている。悲しさを秘めた童話には子守唄効果があって、語りおえると、ここちよいカタルシスを味わえる。
つまり、そういう童話には、悲しさを擬似体験させることによってその人の心をクリーニングする力があるのだろう。長年うたいつがれてきた童謡の多くにも、子守唄効果がある。たとえば、三木露風作詞の『赤とんぼ』だ。
負われて見たのは―と子守りをされている幼児に託して描かれている。じっさいに負われてこの歌を聞かされた幼児は、いっぱいいたにちがいないが、当の幼児はとっくにスヤスヤ寝ていたかもしれない。
きっと、この歌がさかんにうたわれた時代は、少女を含む子守をした女性たちが感情移入してうたっていたにちがいない。それによって、悲しくてもここちよいカタルシスをえていたのだろう。その意味では五木の子守唄と似ているのかもしれない。
ある特別養護老人ホームを読み聞かせで訪れたときのことである。五、六十人の入所者が待っていてくれた。車椅子に乗っている人がなかば以上を占めていた。
介護施設を含めてこういう高齢者のための施設はときどき訪れているが、特別養護老人ホームは認知症の入所者が多い。それを知っていたので、ぼくは同行したフルート奏者のメンバーに、なるべく童謡、子守唄を多く挿入するよう注文をだしていた。むろん、読み聞かせる物語のなかに挿入する曲のことである。
すると、効果テキメンであった。認知症の人は、ふだん無表情である。読み聞かせがはじまっても、かなりの人が無表情だった。
しかし、『赤とんぼ』『ちいさい秋みつけた』『江戸の子守唄』などの童謡、子守唄がつぎつぎに挿入されていくと、無表情だった入所者の表情が動きだしたのである。
なんだかとても屈託のない声で笑う人、ポロポロ涙を流す人、上体を軽く上下動させる人、とそれぞれさまざまな反応を見せて曲に同調してきたのである。
それぞれに童謡、子守唄とかかわった人生の節目節目が、なつかしい曲を耳にして、あざやかに思いだされたのだと思う。
「笑う人、泣く人、みんないい反応です」
ホームの人々も、よろこんでくれた。
老化予防や、認知症の治療に思い出をかたりあう回想法が注目されているが、なつかしい童謡、子守唄、童話を聞くことは、年齢に関係なく感受性をみずみずしく保つうえで大きな効果がある、と体験から確信している。