【13オピニオン面】
唄いつぐ−親から子へ
祖母の「かぞえ唄」に感謝
静岡県立大教授 高木桂蔵(1)
故郷は尾道市である。この瀬戸内海の港町に高校を卒業するまでいた。尾道は古くからの交易拠点だったため、各地の唄が残っている。私が過ごしたのは東京五輪前のことだったので、より「古きもの」の記憶がある。
子供のころ、尾道の漁師がうたっていた唄を覚えている。
岡島の猿が 水を飲みとうて 潮飲んで
屁をブリブリこいて、豆腐屋に聞こえて
カカアがデンギで おっかけた
「デンギ」とは、すりこぎのことだと成人してから知った。岡島は尾道水道に浮かぶ小島。以前は漁師の漁業権区分の中心になっていた島だ。離れ島なので水が不足し、塩水をサルが飲んだというのだが、だいたい、おもしろおかしく、うたわれていた。
幼児期の記憶にある唄は、もちろん子守唄だ。
ネンネンコロリよ おコロリよ
ボウヤのおかかは どこへいった
あのやまこおえて さとへいった
さとのみやげに なにもろたー
デンデンたいこに ショウのふえ・・・
これは全国に広がった『江戸の子守唄』の類歌の一つだ。尾道が街道筋で、各地の唄が流入したのだろう。
私は『中国地方の子守唄』を聞いたことがなかった。多くは隣の岡山県の山間部の唄で、海辺ではうたわれなかったのだろう。母は「町の人」だったから、漁師の唄は知らなかったようだ。
ただ、幼いとき、この子守唄はよく聴いた。弟や近所の子供をあやすときにうたっていたからだ。
さらに覚えているのは、子守唄代わりに祖母がうたってくれた『かぞえ唄』だ。
一つとや 善きことたがいに すすめあい
悪しきをいさめよ 友と友 人と人
二つとや 難儀をする人見るときは
力のかぎりいたわれよ あわれめよ
三つとや 二人の親御を大切に
おもえや深き 父の愛 母の愛
四つとや 人々忠義を第一に
あおげや 高き君の恩 国の恩
祖母は尋常小学校で習った。いま、最も忘れられている内容がある。この唄をうたってもらって本当によかった。
今、大学で学生に聞いてみると、子守唄を母や祖母からうたってもらったことのある人は少ない。だが、「うたってもらった」と返答する学生に共通するのは、落ち着いて礼儀正しく、周りに好かれる。そういう点で子守唄は「よき日本人」となるために不可欠なものだ。