2月19日(月)晴れ
西和賀が寒かったといって驚いたが、一日過ぎればやはり東京も寒い。
毎日何となくオリンピックを観てしまうが、同じ人の記録ばかりではやっぱりつまらない。
選手に文句はないが、この期間にかかる経費だけでなく、中継も夜中というのはスポンサー次第とあって、選手の事は二の次となれば全くおそまつ、お金ピックで興ざめする。
事務所の機械の調子が悪く、皆でひと悶着。機械に振り回される毎日にこれもうんざり。
スマホも音が小さく見てもらったらマイクの故障らしいので取り換えることになった。
最初からどうも音が小さすぎると思っていたので、何度か訪ねたが「異常ありません」という事だった。あまり大きな声で話すので、事務所のみんなが調べてくれてやはりおかしい
となり再度訪ねた。今度の担当者はやっと理解してくれて、取り換えが決まった。
浅草橋auは本当に最低のサ―ビス、機械のような冷たい顔の店員がいる。
2月20日(火)晴れ
協会は企業とは縁がない。
きょうはおもちゃの会社と面談。
子どもへの応援という意図は通じたのでうれしかった。
2月21日(水)晴れ
毎日新聞取材。
「家族戦争」考えたら今でもわが家に起こっている問題であることは変わりない。
取材後平塚女史と会食。
2月22日(木)晴れ
午後ギターリストの池田宏里さんと根岸登志子さん辰巳夫人三人が来訪。
本当は教室をして語りの会を作りたいと計画したが、すでに演奏会を開催しているのでそれなら郷里の弘前で夏にやろうか、となった。みんないい人。
津軽弁がとてもいいのはやはり土地のにおいのせいだろう。
2月23日(金)晴れ
夕刻、寶田さん、高知から伴さん来訪、三人で近くの「月の井」で一献。
二人ともにインテリなので話は縦横無尽に富んで楽しかった。
寶田さんとは先日「辛亥革命秘話」の自署を頂いて、革命に参加し、最初に処刑されたのが弘前の方であったという事を知らされた。
私の父が宋美齢という孫文夫人を観たと言っていたがそのくらいの時代の人とは驚いていたが、案外遠い過去と思っていてもつい隣の事の様だ。
蒋介石、李登輝に至るまで来日すれば必ず弘前を訪れるという。
2月24日(土)晴れ
雪も寒さもなし、新幹線で富山に降り立ちやっぱり今年も降られなかったと思った。
青木新門さんにお会いできるかと思ったがどうしても連絡取れず、ホテルに直行。
富山新聞小川代表、松田さんにお会いしインタビューを受けて、松田さん、スタッフと会食
2月25日(日)晴れ
曇りのち快晴。とやま子守唄フェスタ開催日。
何時ものことながら多くのお客様がいらしてくださった。
若い「猫耳クラブ」のみなさまと一緒。なかなか感じのいい清潔感あふれるグループ
お行儀も良く、子守唄もしっかり聴いてくださった。
会が終わって一路帰京。富山の猛烈な混みよう、何しろ駅弁も全部売り切れという状況だった。