○ 生活ファミリー 子守唄復権を願う 心結ぶぬくもり
【6面】
身近な援助の乏しさなどで育児に悩む親は多い。不安な気持ちが子どもとのコミュニケーションに影響することもある。「そんな時は子守唄(こもりうた)を歌って」と話すのは特定非営利活動法人(NPO法人)日本子守唄協会(東京)の代表、西舘好子さん。親子を和ませる子守唄の効用を語ってもらった。
「子守唄って簡単なんだ」「この子寝ちゃった」。日本子守唄協会の子守唄教室では、毎回こんな声を上げながら涙を流して喜ぶ母親の姿が見られる。
彼女たちだって驚いているだろう。ほとんどの人は幼稚園などの行事として、義理で参加しただけ。「子守唄は暗い」「育児の役に立たない」。そんな先入観を持っている人もいる。
ところが教えを受け皆で歌うと、なぜか泣けてくる。ある参加者は「親の顔とお月様が浮かんできた」と言った。昔、母が歌ってくれたのを思い出したのだ。そして論より証拠、むずかっていた赤ん坊は腕の中ですやすや眠り、すっかり安心した自分がいる。「毎日歌ってみよう」「少し子育てに自信がついた」。母親たちは笑顔で帰っていく。
子守唄協会を設立したのは六年前のこと。働きながら家事と育児をこなす女性は珍しくなくなった。しかし、働きバチの男性の暮らしぶりは変わらず、働く母親も時間に追われ、子どもと向き合うひまもない。時には子を疎ましく感じる人さえいる。親子の絆は守れるのか。そんな疑問を持ったのがきっかけだ。
子守唄は子どものまぶたの原風景。楽器や音楽CDはいらないし、歌詞やメロディーも即興でよい。大事なのは親が声と体のあたたかみで、愛情を子どもの心に伝えるということだけ。だから育児の難しい時代に、親子のきずなを守る力を持つと考えた。
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協会ではこれまでに五千曲以上、国内の子守唄を収集。唄の起源は古代にさかのぼることがわかってきた。歌詞も寝かしつけるためのものだけでなく、子どもをおぶりながらの農作業や、帰らぬ父親を嘆くものなど、育児の大変さを語りかけるものが少なくない。
母親を和ませる効果もあるようだ。東京大学名誉教授の小林登先生がNHKの協力で行った調査によると、子守唄を歌うとき、ほぼ四割の母親が和んだり、勇気づけられた気持ちになると回答している。子守唄教室で泣く母親たちも同様だろう。子守唄は人間の本能から出た、自然な子育ての行為といえるのだ。
ところが子育ての現場では、本能はすっかり失われているらしい。「歌うと子どもは何分で寝ますか」「笑い出すうちの子は問題があるのでしょうか」。協会には、母親たちからこんな問い合わせの電話がくる。
育児が情報頼みになった弊害だろう。便利は保育園はどこか。どんなおけいこごとに通わせればよいか。テレビや雑誌、インターネットに子育て情報はあふれている。核家族化が進み、身近に育児経験者のいない親は、その情報に頼りがちだ。しかし子育てが情報通りに進むことはない。子どもは一人ひとり全く違う。子どもとのふれあいをおざなりにし、情報に頼り切った親はとんちんかんな質問をすることになる。
親が孤独や仕事の忙しさで厳しい状況にあることは、よくわかる。私の娘もその一人。二人の子どもを抱えながら、会社で勤め続けるのは簡単ではない。残業のため、私に泣きながら子どもの迎えを頼むと電話してきたことが、何度もある。私はそのたびに保育園に飛んでいき、夕食を作り、子守唄をうたって寝付かせた。娘に子守唄の効用を説明しても、「どうすれば歌う時間をつくれるの」と泣き出すありさまだ。
ただ、それでも子守唄を忘れないでほしい。子守唄は、いわば親が子に伝える体の記憶。そのぬくもりを子どもは生涯忘れないだろう。夜でなく、朝、出かける前でもよい。幼子の体を抱きしめ、呼吸のリズムに合わせて、その日の仕事やどんなに愛しているかを、思いつくままの言葉とメロディーで伝える。それだけでも子どもは安心し、親も育児の喜びを取り戻すことができるはずだ。
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子守唄協会のホームページ(
http://www.komoriuta.jp/)では、各地の子守唄百曲以上を聴くことができる。歌い方がわからない人は参考にしてほしい。
少子化が深刻になる中、様々な育児支援策が次々に打ち出されている。親が子どもと過ごす時間を少しでも増やし、みんなで作った時間は、ぜひ子どもとじっくり向き合うために使ってほしい。多くの親が子守唄を思い出すことを願っている。